管理牧師笹森司祭のメッセージ


                                       
                         「人間関係の始まり」          
                                         
                             仙台聖フランシス教会 管理牧師
                           東北教区 司祭 アタナシオ 笹森伸兒


                                          (聖フランシス教会 2015年7月号・月報) 
  
「人間関係の始まり」
                         
 私には、25歳の時からの腰痛があり、以来65年腰痛に悩まされています。ところがこのごろになって、腰痛の原因は姿勢の悪さから来ており、腰だけでなく肩から足に至っていることを知りました。今、その姿勢の矯正に懸命になっています。背中が歪んでいるのは腰から来ており、腰の歪みの始まりは、40代の時の膝のお皿の骨折からきているのだそうです。その前は、若いときのラグビーのスクラムやタックルの衝撃からでしたし、始まりとは小さなことなのだなと思いました。今はその矯正の努力が楽しいのです。

 でもおかしいもので、姿勢の悪さは、単に身体的なものだけではなく、気持や普段の暮らし、信仰生活にまで至っていることに気付きました。それはプライドかも知れません。人に意地悪されたことだったりもします。両親の叱り方が強過ぎたりしたことや、ほんの一寸したことが、人間関係の大きな歪みや根性の悪さになっているのかも知れません。困ったことに、若いときでしたらちょっとした気付きで直るかもしれないようなことが、今となっては、大きくなり過ぎて、なかなか矯正されないのです。司祭に相談したくても、 この司祭は根性曲がりではないだろうか、私のことを人におしゃべりしないだろうかなどとと疑うようになれば、教会も、主イエス様も、立ち直りの切っ掛けになるのは難しくなります。

 そう言うときには、思い出してください。ご苦難のキリスト像がついていてもいなくても、あるいは、キリスト様が祭服をお召しになっていたり、冠をかむっていたりしていても、十字架の主イエス様はいつでも私たちを迎えるために、そして、誰よりもあなたをお迎えなさるために、両手を大きく拡げて待っておられます。人間関係とは隣人愛のことです。隣の人を愛するため、信じるため、その人と話がしたいと思うことの始まりは、十字架のキリスト様を見上げることから始まります。