管理牧師加藤主教のメッセージ


                         この世の「法」と教会の「法」 
                                         
                             仙台聖フランシス教会 管理牧師
                           東北教区 主教 ヨハネ 加 藤 博 道


管理牧師 主教 加藤博道

 なにか硬いタイトルですが、実はわたしたちにかなり身近な事柄です。
仙台聖フランシス教会はこの社会の法―宗教法人法によって宗教法人となっています。
東北教区も宗教法人ですから、それはまったく対等な関係にあることになります。
一方、日本聖公会には『法憲法規』があります。
あまり馴染みはないかも知れませんが、いわば教会の「法」として大切なものです。
また祈祷書も、法というと硬いですが、教会の規律を示しています。
そこでは教区と教会の関係や、主教と他の聖職の関係、様々なことが規定されています。
聖クリストファ幼稚園はやはりこの世の法律によると学校法人です。
もともとは教会と一体の施設、働きでしたが、現在は社会的に言うと別法人です。
一番はじめに東北教区の教会附属幼稚園が学校法人となる時には、教区会でも大論争があったと聞きます。
この世のルールで生きる面と、教会の精神、ルールで生きる面、わたしたちはどうしてもその両面に関わって
生きているのです。個人としてもそうでしょう。
「日本国憲法」によって、また様々な法律に従って生きていますが、キリスト者としては聖書と教会の教え、
聖公会の場合には祈祷書によって生きているのです。

 極端に聞こえるかも知れませんが―しかしそれが現実である国もあるのですが―例えば
日本の法律が変わって、昔のように「キリスト教禁止」となったらどうするでしょうか。
仕方がないから信仰を捨てるのでしょうか? 
実際に今テレビで人気の「軍師官兵衛」で、豊臣秀吉によるキリスト教「邪宗門」のこと、放送中ですね。
そんなに昔の話ではありません。東北教区の中村信蔵主教様が主教となられた時代は、日本聖公会は戦時下、
「法人解散」を命じられている時代であったのです。その礼拝も集会も非合法とされる危険がありました。

 現在はもちろんそこまで明白な困難は感じにくいですが、しかしやはりわたしたちは国の法と教会の法の
ふたつを生きています。
そしてわたしたちの優先順位は最終的には「教会の法」なのです。そうは言っても、
それでは常に国法や各種の法律に対立して生きようと言うのではありません。
しかし確かに緊張関係はあります。今の教区と教会、教会と幼稚園、そうした身近な関係の中にも、
今申し上げた課題は日常的に現れているのです。



 


                                             (聖フランシス教会2014年10号・月報 巻頭)
                             
                
                                       


             <日本聖公会東北教区主教。仙台聖フランシス教会管理牧師。加藤博道>